M日新聞より。
■三菱自動車欠陥隠し:元最高幹部全員に有罪判決
三菱自動車工業(現在は三菱ふそうトラック・バス)製大型車のクラッチ系部品の欠陥で2002年に山口県で男性運転手(当時39歳)が死亡した事故で、横浜地裁は1/16、業務上過失致死罪に問われた同社元社長、河添克彦被告(71歳)に禁固3年、執行猶予5年(求刑・禁固3年)など元最高幹部4人全員に有罪判決を言い渡した。鈴木秀行裁判長は「河添被告は代表者としての自覚に欠けた無責任な態度で事故を引き起こした」と厳しく指摘した。
自動車メーカートップが製品による事故で有罪判決を受けるのは初めて。元副社長の村田有造被告(70歳)は禁固3年、執行猶予5年(求刑・禁固3年)▽元副社長で三菱ふそう元会長の宇佐美隆被告(67歳)は同2年、同3年(同2年6月)▽三菱自元品質・技術副本部長の中神達郎被告(65歳)は同2年6月、同4年(同)。被告側は「検察の主張を追認し、承服し難い」として東京高裁に即日控訴した。
判決によると、河添被告は社長就任当初から、同社で長年行われてきた不具合情報の一部を隠す「二重管理」と国に無届けでヤミで修理する「指示改修」を熟知。2000年にリコール隠しが発覚し、当初「今後はオープンにしよう」と情報隠しをしないよう指示した。しかし運輸省(現国土交通省)に過去の不具合情報を報告する際、報告しない情報の中にリコール相当の案件が含まれると部下に説明されながら、承認した。その結果、クラッチ系部品の欠陥は残され、2002年に山口県で男性運転手の死亡事故を引き起こした。
他の3被告も、以前に指示改修などでクラッチ系部品の不具合に対応したことなどから、不具合を熟知していたと認定。山口県の死亡事故も予見可能だったとした。一方、河添被告にクラッチ系部品の不具合の認識がなかったことなどを執行猶予の理由とした。
被告側は、4被告が二重管理と指示改修の実態を熟知していなかったと主張。河添被告はリコール隠し発覚時、報告すべき不具合情報の選別を指示したが、部下の独自の判断で不具合が残されたと訴えていた。
▽山口県での死亡事故 2002年10月19日、山口県熊毛町(現周南市)の山陽自動車道で、三菱自製大型トラックが制御不能となり、料金所を通過し県道交差点の壁に激突。鹿児島県国分市(現霧島市)の男性運転手(当時39歳)が死亡した。エンジンと変速機をつなぐクラッチを覆う金属製カバー「クラッチハウジング」が破断。駆動力を後輪に伝えるプロペラシャフトが脱落し、ブレーキ系統を破損していた。
◆判決の骨子◆
◇河添被告は社長就任時から、不具合情報の二重管理と指示改修の不十分さを熟知していたのに、過去の不具合情報を精査させ、改善措置を講じる注意義務を怠った。部下の報告を受け入れ、運輸省に虚偽の報告書を提出するなどした。
◇村田、宇佐美、中神の3被告は、クラッチ部品の不具合を熟知していたのに、社長に具申しなかった。
◇4被告ともリコール等の正規の改善措置を講じず放置すれば、死傷事故が発生することを容易に予見できたのに、不具合を漫然と放置した。
▽刑事過失論に詳しい松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑法)の話 具体的にどの部品に欠陥があるかを知らなくても、部下にその内容を追及できる立場にあるトップの罪が問えると認定した意義は大きい。部下についても、会議の中で企業の意思決定に参加できる立場にあれば、事故の責任を問えると判断したのも妥当だ。
▽企業倫理に詳しい松本恒雄・一橋大教授(経営法務)の話 安全に対するコンプライアンス(法令順守)が欠如した企業の姿勢を正すという世論をバックにした判決。従来の個人責任の概念から一歩進み、企業トップの責任が認められた。組織の体質も問われた裁判だったといえる。
■三菱自欠陥隠し:トップの「無責任」厳しく批判 横浜地裁
「代表者としての自覚に欠けた無責任な態度」−−。三菱自動車(現在は三菱ふそうトラック・バス)製大型車のクラッチ系部品の欠陥隠しによる死亡事故の判決で、横浜地裁の鈴木秀行裁判長は1/16、業務上過失致死罪に問われた同社元社長、河添克彦被告(71歳)を断罪した。欠陥隠しを巡る3事件で、唯一問われたトップの安全への責任。無罪を主張し続けてきた河添被告は、納得がいかないような表情を浮かべた。
判決で鈴木裁判長は三菱自で長年続いた不具合の隠ぺいを認定。安全に関するトップの「無責任」に加え、元幹部の他3被告も「三菱自の隠ぺい体質を打破しようとの積極的な気持ちを持たなかった」と指摘した。「部下や上位者が決定した方針を安易に了承する無責任な態度」など、判決は経営姿勢を厳しく批判した。
濃いグレーのスーツ姿の河添被告は、主文が言い渡されると、驚いたように裁判長に顔を向けて目を見開いた。車の不具合を運輸省(現国土交通省)に報告するものとしないものに分ける「二重管理」や国に無届けで修理する「指示改修」について、鈴木裁判長が「河添被告は熟知していた」と述べると、口をヘの字に曲げて首を左右に振った。
元副社長の村田有造被告(70歳)ら3被告は目を閉じ、うなだれたまま。閉廷後、会見した主任弁護人の金森仁弁護士は「経営者に実現不可能な義務を課す判決だ」と憤った。
■社説:三菱自動車 あきれた社長らのモラル欠如
大手自動車メーカーのトップまでが、重大事故を招くと認識しながら欠陥車を漫然と製造、販売していたというのだから、モラルの欠如にあきれ果てる。山口県で2002年に起きた三菱自動車(現・三菱ふそうトラック・バス)製大型車のクラッチ部品の欠陥による運転手死亡事故で、横浜地裁が業務上過失致死罪に問われた当時の河添克彦社長ら4被告を有罪とし、組織ぐるみの隠ぺい体質を断罪した。
リコールなど改善措置が講じられていれば事故は発生しなかった、とも判決は認定した。安全が売り物のはずの自動車メーカーが危険を野放しにしていたとは、あまりにも罪深い。犠牲にされた被害者や遺族は、どんなにか無念だったことだろう。2007年12月、横浜地裁が横浜市のタイヤ脱落事故で元部長らを有罪としたのに続き、三菱自動車工業の経営姿勢が司法から厳しく指弾された格好だ。
判決によれば、三菱自動車では30年も前から、販売した車の不具合情報を運輸省(現・国土交通省)に報告するものと秘匿するものに分けて二重管理し、指示改修の名でリコールの届け出をせず、独自に点検・改修していた。本件事故につながった不具合も1990年以降、多発し、人身事故も起きていたのに、指示改修で済ませていた。河添被告らは安全対策が不十分だと承知していながら、手を打たなかったというのだから悪質極まりない。
しかも、河添被告は2000年にリコール隠しが発覚した後、「今後はオープンにしよう」と指示していながら、実際にはその後もリコール隠しを了承し、自ら虚偽の事実を公表して批判をかわそうとしたという。大企業トップとしてのモラルもプライドも失っていた、と言わざるを得ない。
三菱自動車は世論の批判を浴び、大型車部門の外資への売却を余儀なくされたが、偽装トラブルが続く折、他のメーカーなども改めて一連の事件を他山の石とし、誠実で隠し事のない経営に努めるべきだ。
それにつけても、企業犯罪に対して社会は寛容すぎる。家庭でまで「仕事のため」という言い訳が容認されたり、いつの間にか利益のために不正や不法行為に目をつむることを是とする風潮までがはびこっている。社会を挙げて改善すべき点は少なくない。
業務上過失致死傷罪の法定刑も、妥当と言えるだろうか。いずれは事故を起こす車を世に送り出していた企業のトップの責任が、飲酒運転で人を死傷させた罪よりも軽くてよかろうはずはない。
不祥事が起きると、トカゲのしっぽ切りよろしく末端に責任を転嫁するのが企業体質の常であることにかんがみても、トップの刑事責任を厳しく問う必要がある。偽装トラブルの一掃のためにも、法的責任追及のあり方を見直すべきだ。
普通に考えて、この判決は妥当でしょ?。
社長は納得できないだろうけど、その地位にいるって事は指示できる立場なだけに的確な指示をせずに死者を出したんだから、しゃーないでしょ?。
この騒動以降、前の自動車が三菱自動車製だと距離を置いて走ろうかなと思ったのは自分だけじゃないはず・・・・・・。
でも、河添元社長以上に悪いのがいるのに、そちらが時効なのかどうか分かんないけどのうのうと生きているのはどうなんだろうね?。
河添社長は非常に三菱自動車系列硬式野球部(三菱自動車岡崎、三菱ふそう川崎、旧・三菱自動車京都、旧・三菱自動車水島[現・倉敷オーシャンズ])に影響力がある方で、彼の地元である愛知県に三菱自動車岡崎硬式野球部を三菱重工自工名古屋から分離独立させたのも彼の意向が強かったと聞いてます。
硬式野球部だけが活動自粛をしたのも、野球部の知名度以外に河添氏との繋がりが強いので仕方なくやったように感じましたが、今回の判決で今後の野球部運営に影響を及ぼす可能性は否定できないでしょう。
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■三菱自動車欠陥隠し:元最高幹部全員に有罪判決
三菱自動車工業(現在は三菱ふそうトラック・バス)製大型車のクラッチ系部品の欠陥で2002年に山口県で男性運転手(当時39歳)が死亡した事故で、横浜地裁は1/16、業務上過失致死罪に問われた同社元社長、河添克彦被告(71歳)に禁固3年、執行猶予5年(求刑・禁固3年)など元最高幹部4人全員に有罪判決を言い渡した。鈴木秀行裁判長は「河添被告は代表者としての自覚に欠けた無責任な態度で事故を引き起こした」と厳しく指摘した。
自動車メーカートップが製品による事故で有罪判決を受けるのは初めて。元副社長の村田有造被告(70歳)は禁固3年、執行猶予5年(求刑・禁固3年)▽元副社長で三菱ふそう元会長の宇佐美隆被告(67歳)は同2年、同3年(同2年6月)▽三菱自元品質・技術副本部長の中神達郎被告(65歳)は同2年6月、同4年(同)。被告側は「検察の主張を追認し、承服し難い」として東京高裁に即日控訴した。
判決によると、河添被告は社長就任当初から、同社で長年行われてきた不具合情報の一部を隠す「二重管理」と国に無届けでヤミで修理する「指示改修」を熟知。2000年にリコール隠しが発覚し、当初「今後はオープンにしよう」と情報隠しをしないよう指示した。しかし運輸省(現国土交通省)に過去の不具合情報を報告する際、報告しない情報の中にリコール相当の案件が含まれると部下に説明されながら、承認した。その結果、クラッチ系部品の欠陥は残され、2002年に山口県で男性運転手の死亡事故を引き起こした。
他の3被告も、以前に指示改修などでクラッチ系部品の不具合に対応したことなどから、不具合を熟知していたと認定。山口県の死亡事故も予見可能だったとした。一方、河添被告にクラッチ系部品の不具合の認識がなかったことなどを執行猶予の理由とした。
被告側は、4被告が二重管理と指示改修の実態を熟知していなかったと主張。河添被告はリコール隠し発覚時、報告すべき不具合情報の選別を指示したが、部下の独自の判断で不具合が残されたと訴えていた。
▽山口県での死亡事故 2002年10月19日、山口県熊毛町(現周南市)の山陽自動車道で、三菱自製大型トラックが制御不能となり、料金所を通過し県道交差点の壁に激突。鹿児島県国分市(現霧島市)の男性運転手(当時39歳)が死亡した。エンジンと変速機をつなぐクラッチを覆う金属製カバー「クラッチハウジング」が破断。駆動力を後輪に伝えるプロペラシャフトが脱落し、ブレーキ系統を破損していた。
◆判決の骨子◆
◇河添被告は社長就任時から、不具合情報の二重管理と指示改修の不十分さを熟知していたのに、過去の不具合情報を精査させ、改善措置を講じる注意義務を怠った。部下の報告を受け入れ、運輸省に虚偽の報告書を提出するなどした。
◇村田、宇佐美、中神の3被告は、クラッチ部品の不具合を熟知していたのに、社長に具申しなかった。
◇4被告ともリコール等の正規の改善措置を講じず放置すれば、死傷事故が発生することを容易に予見できたのに、不具合を漫然と放置した。
▽刑事過失論に詳しい松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑法)の話 具体的にどの部品に欠陥があるかを知らなくても、部下にその内容を追及できる立場にあるトップの罪が問えると認定した意義は大きい。部下についても、会議の中で企業の意思決定に参加できる立場にあれば、事故の責任を問えると判断したのも妥当だ。
▽企業倫理に詳しい松本恒雄・一橋大教授(経営法務)の話 安全に対するコンプライアンス(法令順守)が欠如した企業の姿勢を正すという世論をバックにした判決。従来の個人責任の概念から一歩進み、企業トップの責任が認められた。組織の体質も問われた裁判だったといえる。
■三菱自欠陥隠し:トップの「無責任」厳しく批判 横浜地裁
「代表者としての自覚に欠けた無責任な態度」−−。三菱自動車(現在は三菱ふそうトラック・バス)製大型車のクラッチ系部品の欠陥隠しによる死亡事故の判決で、横浜地裁の鈴木秀行裁判長は1/16、業務上過失致死罪に問われた同社元社長、河添克彦被告(71歳)を断罪した。欠陥隠しを巡る3事件で、唯一問われたトップの安全への責任。無罪を主張し続けてきた河添被告は、納得がいかないような表情を浮かべた。
判決で鈴木裁判長は三菱自で長年続いた不具合の隠ぺいを認定。安全に関するトップの「無責任」に加え、元幹部の他3被告も「三菱自の隠ぺい体質を打破しようとの積極的な気持ちを持たなかった」と指摘した。「部下や上位者が決定した方針を安易に了承する無責任な態度」など、判決は経営姿勢を厳しく批判した。
濃いグレーのスーツ姿の河添被告は、主文が言い渡されると、驚いたように裁判長に顔を向けて目を見開いた。車の不具合を運輸省(現国土交通省)に報告するものとしないものに分ける「二重管理」や国に無届けで修理する「指示改修」について、鈴木裁判長が「河添被告は熟知していた」と述べると、口をヘの字に曲げて首を左右に振った。
元副社長の村田有造被告(70歳)ら3被告は目を閉じ、うなだれたまま。閉廷後、会見した主任弁護人の金森仁弁護士は「経営者に実現不可能な義務を課す判決だ」と憤った。
■社説:三菱自動車 あきれた社長らのモラル欠如
大手自動車メーカーのトップまでが、重大事故を招くと認識しながら欠陥車を漫然と製造、販売していたというのだから、モラルの欠如にあきれ果てる。山口県で2002年に起きた三菱自動車(現・三菱ふそうトラック・バス)製大型車のクラッチ部品の欠陥による運転手死亡事故で、横浜地裁が業務上過失致死罪に問われた当時の河添克彦社長ら4被告を有罪とし、組織ぐるみの隠ぺい体質を断罪した。
リコールなど改善措置が講じられていれば事故は発生しなかった、とも判決は認定した。安全が売り物のはずの自動車メーカーが危険を野放しにしていたとは、あまりにも罪深い。犠牲にされた被害者や遺族は、どんなにか無念だったことだろう。2007年12月、横浜地裁が横浜市のタイヤ脱落事故で元部長らを有罪としたのに続き、三菱自動車工業の経営姿勢が司法から厳しく指弾された格好だ。
判決によれば、三菱自動車では30年も前から、販売した車の不具合情報を運輸省(現・国土交通省)に報告するものと秘匿するものに分けて二重管理し、指示改修の名でリコールの届け出をせず、独自に点検・改修していた。本件事故につながった不具合も1990年以降、多発し、人身事故も起きていたのに、指示改修で済ませていた。河添被告らは安全対策が不十分だと承知していながら、手を打たなかったというのだから悪質極まりない。
しかも、河添被告は2000年にリコール隠しが発覚した後、「今後はオープンにしよう」と指示していながら、実際にはその後もリコール隠しを了承し、自ら虚偽の事実を公表して批判をかわそうとしたという。大企業トップとしてのモラルもプライドも失っていた、と言わざるを得ない。
三菱自動車は世論の批判を浴び、大型車部門の外資への売却を余儀なくされたが、偽装トラブルが続く折、他のメーカーなども改めて一連の事件を他山の石とし、誠実で隠し事のない経営に努めるべきだ。
それにつけても、企業犯罪に対して社会は寛容すぎる。家庭でまで「仕事のため」という言い訳が容認されたり、いつの間にか利益のために不正や不法行為に目をつむることを是とする風潮までがはびこっている。社会を挙げて改善すべき点は少なくない。
業務上過失致死傷罪の法定刑も、妥当と言えるだろうか。いずれは事故を起こす車を世に送り出していた企業のトップの責任が、飲酒運転で人を死傷させた罪よりも軽くてよかろうはずはない。
不祥事が起きると、トカゲのしっぽ切りよろしく末端に責任を転嫁するのが企業体質の常であることにかんがみても、トップの刑事責任を厳しく問う必要がある。偽装トラブルの一掃のためにも、法的責任追及のあり方を見直すべきだ。
普通に考えて、この判決は妥当でしょ?。
社長は納得できないだろうけど、その地位にいるって事は指示できる立場なだけに的確な指示をせずに死者を出したんだから、しゃーないでしょ?。
この騒動以降、前の自動車が三菱自動車製だと距離を置いて走ろうかなと思ったのは自分だけじゃないはず・・・・・・。
でも、河添元社長以上に悪いのがいるのに、そちらが時効なのかどうか分かんないけどのうのうと生きているのはどうなんだろうね?。
河添社長は非常に三菱自動車系列硬式野球部(三菱自動車岡崎、三菱ふそう川崎、旧・三菱自動車京都、旧・三菱自動車水島[現・倉敷オーシャンズ])に影響力がある方で、彼の地元である愛知県に三菱自動車岡崎硬式野球部を三菱重工自工名古屋から分離独立させたのも彼の意向が強かったと聞いてます。
硬式野球部だけが活動自粛をしたのも、野球部の知名度以外に河添氏との繋がりが強いので仕方なくやったように感じましたが、今回の判決で今後の野球部運営に影響を及ぼす可能性は否定できないでしょう。
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