アマチュア野球(社会人野球[都市対抗野球etc]、大学野球、ドラフト候補etc)、ラジオ(つボイノリオさん、吉野綾さん、田代奈々さん)、きらきらアフロ(松嶋尚美さん)、ラグビー(トップリーグ、ワールドカップ)などのファンが言いたい事を適当に述べるブログです。
I手日報より。

■「赤べこ」が解散届 社会人野球クラブチーム
休部状態だった社会人野球のクラブチーム、岩手21赤べこ野球軍団(本拠地・矢巾町)12/29は、岩手県野球連盟に解散届を提出した。資金繰りの悪化から給与未払い状態が続き、選手が離脱。平良和一郎監督兼部長は「選手登録が10人を切り、来季にチームを立て直すのは事実上不可能だと判断した」と話している。岩手県野球連盟は12/30付で受理する。

新体制、チーム運営は白紙
岩手21赤べこ野球軍団は、大口支援企業(所沢市の警備会社・タカハシ・プランニング)がフルキャスト(東京)の労働者派遣法違反事件に絡み摘発され、今年5月頃から資金援助がストップした。5月の岩手県クラブ選手権大会時に、選手・役員計30人だった登録メンバーは現在10人(役員1人、選手9人)に減少。正式な登録解除手続きをしないまま岩手を離れた選手もいるという。
赤べこは10月、岩手県野球連盟に休部(活動休止)届を提出。「一社丸抱え」状態に近い支援体制を見直し、地元に根付いた「町民球団」として再出発を目指していた。
平良監督は「(支援企業側と)音信不通の状態で話し合いもできない。社会常識で考えてもあり得ない事態で、残念とか悔しいという状況を超えている。コーチ陣と相談し、今から選手を集めて来季以降続けるのは困難と判断した」と話す。模索していた新体制でのチーム運営についても「先が見えないまま待っていても選手の生活が苦しくなるだけ。何も決まっていない」と白紙状態を強調した。
赤べこは2006年3月、プロ野球選手輩出を掲げて発足。今年8月には岩手県勢20年ぶりの都市対抗野球大会出場を果たし、全国に「赤べこ」の名を刻んだ。
岩手県野球連盟の中村啓治会長は「発足2年で解散は早すぎる。全国でも活躍した岩手のチームがなくなるのは残念だ」と語る。球団の世話人を務めた矢巾町高田の昆長次郎さん(68歳)は「選手の給与未払いなどがあり、今のまま引っ張るわけにはいかないだろう。体制を刷新し、より地域に密着したチームとして再出発してほしい」と解散後の動きに期待を込めた。

選手に申し訳ない
平良和一郎監督兼部長 これからのチームだったのに、野球以外の問題で終わってしまうことが残念でならない。自分たちを信じて集まってくれた選手と、自分たちを支えてくれた矢巾町に対して本当に申し訳ない。


Sポニチより。

■資金停止で岩手21赤べこ野球軍団が解散
岩手県野球連盟は12/30、岩手県矢巾町の社会人野球のクラブチーム、岩手21赤べこ野球軍団の解散届を受理した。
解散届は12/29に球団側が提出したもので、今夏に岩手県勢として20年ぶりに都市対抗野球大会に出場したチームは、発足2年目で消えることになった。
チームの平良和一郎監督兼部長によると、主な支援企業はタカハシ・プランニング一社だけで、同社からの運営資金の提供が止まったことが解散の主因。今年5月頃から選手の給料などが払えない状態となり、10月から休部していた。約30人の選手のほとんどが退団した。
平良氏は「時間も人もお金もない状態で続けるのは困難と判断した。応援してくれた方々に申し訳ない」と話した。
岩手21赤べこ野球軍団は2006年3月に発足。俳優の宇梶剛士さんが、総監督を務めたことなどで話題になった。今年8月、岩手県勢として20年ぶりに都市対抗野球大会に出たが、初戦でサヨナラ負けした。


スポンサーがつけばなどオフィシャルBBSに書き込みがありましたが、結局タカハシ・プランニング以外スポンサーは無く、後は一時的な矢巾町の方々の資金頼みだったようですね。
って事はあそこが支援できないとなれば、その時点で終わりだって事だったんでしょう。
その割にはあの社長は最後まで大きな事を言ってたようですが・・・・。
そもそも普段は所沢にいて、時々岩手に行くチームだったので、岩手県のチームというのも?でしたから・・・・・。

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