Sポニチより。
■振り込め絡む恐喝未遂で元関大野球部員に有罪判決
大学生に通帳をつくって売り渡すよう求め、断られたため現金を脅し取ろうとしたとして、恐喝未遂罪などに問われた元関西大野球部員(21歳)=退学処分=に、神戸地裁明石支部(種村好子裁判官)は11/25、懲役2年6月、罰金30万円、執行猶予4年(求刑懲役2年6月、罰金30万円)の判決を言い渡した。
判決理由で種村裁判官は「振り込め詐欺に利用されることを認識しつつも犯行に加担しており、刑事責任は重い」と指摘。
判決によると、元関西大野球部員は元大阪商業大生らと共謀。7/22、別の大商大の元男子学生が通帳を渡さなかったため「250万円用意できなかったら拉致するぞ」と脅した。
また関西大の元野球部員の後輩に郵便局で口座を開設させて通帳とキャッシュカードをつくらせ、現金3万円で譲り受け、その口座は振り込め詐欺の振込先に使われた。
兵庫県警によると、元関西大野球部員告は「振り込め詐欺に使うために通帳を集めた」と供述していた。
K戸新聞より。
■元関大生に有罪判決 恐喝未遂事件 地裁明石支部
関西大の元硬式野球部員らによる恐喝未遂事件で、恐喝未遂と盗品等有償譲受けの罪に問われている元関西大生栗岡裕幸被告(21歳)の判決公判が11/25、神戸地裁明石支部であり、種村好子裁判官は懲役2年6月、執行猶予4年、罰金30万円(求刑2年6月、罰金30万円)を言い渡した。
種村裁判官は「賭け事による借金で悪事に手を出し、後輩を巻き込んで多額の被害を出したことは重大。被害者の精神的苦痛は計り知れない」と指摘。一方で「深く反省しているほか、若くて働く意欲もある」などと猶予の理由を述べた。
栗岡被告は直立不動で正面を見据えたまま判決に聞き入っていた。
判決などによると7/22頃、学生2人と共謀し、別の男子学生から「拉致るぞ」と言って250万円を脅し取ろうとし、6/5には硬式野球部の後輩から通帳などを3万円で譲り受けた。
一連の事件で学生ら計6人が逮捕、うち3人が起訴され、いずれも執行猶予付きの有罪判決を受けた。
執行猶予は付くでしょうけど、野球部が組織ぐるみで振り込め詐欺に関わっていたのは明らかなんだから、名門である関西大学は野球部の運営を大幅に見直さねばならないでしょう。
関西学生野球は6チームで入れ替え戦なしなんだから、部員が50人以下でも何とかなるはずですよ。
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Sンスポより。
■吉幾三の野球チーム元選手に有罪判決
青森県出身の歌手吉幾三が総監督を務める社会人野球チームにかつて所属し、暴行と恐喝の罪に問われた元少年(20歳)に、青森地裁は11/24、懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)の判決を言い渡した。
野球チーム「ブルーズヨシフォレスト」事務局によると、元少年は今年9月からの部費を払っておらず、連絡が取れなくなっていた。13日の初公判後、元少年の両親に退部を告げたとし「若い選手に今後このようなことがないよう徹底したい」とコメントした。
福家康史裁判官は「動機は身勝手で犯行は悪質」とする一方「素直に認め反省している」と執行猶予の理由を述べた。
判決によると、元少年は19歳だった9/22、青森市の公園で交際相手をめぐりトラブルになっていた当時24歳の自衛官の腹部を殴って「殴られるのが嫌なら金を払え」と脅すなどし、現金4000円を奪った。
有罪判決でも時期がまだ未成年だったので名前は出ない上に少年法で裁かれますので、罪も重くないでしょうから本人の打撃はそれほどでもないでしょう。
ただ、チームの名前が出たのは、スポンサー収益などの影響はかなり大きいと思いますけど・・・・。
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M日新聞より。
■訃報:亀山房代さん42歳=タレント、上方漫才大賞受賞
11/23、心室細動のため死去。葬儀は親族で済ませた。後日お別れの会を開く。
吉本興業所属。1989年に里見まさとさんと漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」を結成、1998年上方漫才大賞を受賞した。コンビ解散後、2002年に長女出産。ライフワークとして各地で10代を対象に性教育の講演会を開催していた。
Oリコンより。
■お笑いタレントの亀山房代さんが死去 元漫才コンビ里見まさと・亀山房代で活躍
元漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」として活躍したお笑いタレントの亀山房代さんが11/23午前2時57分、心室細動のため神奈川県内の病院にて死去した。42歳だった。葬儀・告別式は親族で済ませており、後日、お別れ会を開く。
三重県名張市出身。吉本興業のお笑い養成学校『NSC』大阪5期生で、同期は吉本新喜劇座長の辻本茂雄、前田勝(ティーアップ)、ぜんじろう。1987年4月から放送されたダウンタウンがメインの人気番組『4時ですよーだ』(MBS系)にレギュラー出演し人気を博した。
1989年11月、漫才コンビの元ザ・ぼんちを解散したばかりの里見まさとから誘われる形で漫才コンビ「里見まさと・亀山房代」を結成。上方漫才大賞(OBC)で1995年奨励賞と1998年大賞を受賞し、上方お笑い大賞も1997年に金賞を受賞した。
2001年の結婚・妊娠により漫才コンビを解消し、2002年3月に女児を出産した。産休後は2003年より2006年までNHK総合の生放送番組『ぐるっと関西おひるまえ』(平日 11:30〜)の司会を務めたほか、テレビやラジオへの出演だけでなく執筆、講演など幅広く活躍していた。
コンビ解消してタレント活動をしていたとこまでは知っていましたけど、恐らく関西方面中心に活動を続けられていて、関西では今月もテレビ、ラジオなどの出演はしていたのではないでしょうか?。
って事は突然の心疾患による急死なんでしょうかね?。
漫才しか自分はこの人を知らないんだけど、芸まであの世に持っていくのも残念でしょうがないです。
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M日新聞より。
■全国高校ラグビー:東福岡高ら13校シード決まる
第89回全国高校ラグビーフットボール大会の実行委員会は11/24、A、Bシード計13校を発表した。Aシードは今春の全国選抜大会優勝の東福岡高(福岡)、準優勝の常翔学園高(大阪第1)、8強の桐蔭学園高(神奈川)の3校。Bシードは東西各5校となった。
東福岡高はCTB布巻、PR垣永ら個々の能力が傑出している。常翔学園高はFWの集散の速さと組織ディフェンス、桐蔭学園高はFW、バックスのバランスの良さが評価された。
シード13校は次の通り。
【Aシード】=3校 東福岡高(福岡)常翔学園高(大阪第1)桐蔭学園高(神奈川)
【Bシード】=10校(東5、西5) 仙台育英高(宮城)茗溪学園高(茨城)流通経大附柏高(千葉)國學院久我山高(東京第1)東京高(東京第2)東海大仰星高(大阪第2)大阪朝鮮高(大阪第3)御所実高(奈良)長崎南山高(長崎)大分舞鶴高(大分)
まあ、順当といえば順当だけど、今年に関しては東福岡高以外のAシードは必要が無いと思うな・・・・・。
Bシードも東西に分けているけど、深谷高(埼玉)、西陵高(愛知)、佐賀工高(佐賀)辺りとBシードの選別ってどうやったのかとっても気になります。
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もう1人気になった山田和宏投手[九州共立大(4年)]の動画もあります。
こちらは大学4年になって9勝挙げてブレークした投手なんですが、130km台後半の速球と変化球の切れで勝負する投手です。
セットポジションの時にクイックモーションがいまいちで盗塁されやすいとか、185cm78kgで見た感じ全体的にまだまだひ弱な部分がありますけど、社会人野球日本選手権大会で活躍した濱野雅慎投手[JR九州(25歳 神戸西高−国士舘大)]が社会人野球に入った頃の体格ぐらいでしたので、これからの成長は致命的な怪我をしない事と、本人のモチベーション次第でしょうね。
スリークォーターに近いサイドスローで、濱野や幸松司投手[九州三菱自動車(27歳 敬徳高−九州産業大)]よりも上から投げますが、腕の振りが遅い分、タイミングは取りにくいだけに社会人野球1年目からある程度活躍するかもしれません。
山田和宏投手 (22歳 福岡・新宮高−九州共立大 185cm78kg 右投右打)
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こちらは大学4年になって9勝挙げてブレークした投手なんですが、130km台後半の速球と変化球の切れで勝負する投手です。
セットポジションの時にクイックモーションがいまいちで盗塁されやすいとか、185cm78kgで見た感じ全体的にまだまだひ弱な部分がありますけど、社会人野球日本選手権大会で活躍した濱野雅慎投手[JR九州(25歳 神戸西高−国士舘大)]が社会人野球に入った頃の体格ぐらいでしたので、これからの成長は致命的な怪我をしない事と、本人のモチベーション次第でしょうね。
スリークォーターに近いサイドスローで、濱野や幸松司投手[九州三菱自動車(27歳 敬徳高−九州産業大)]よりも上から投げますが、腕の振りが遅い分、タイミングは取りにくいだけに社会人野球1年目からある程度活躍するかもしれません。
山田和宏投手 (22歳 福岡・新宮高−九州共立大 185cm78kg 右投右打)
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N刊スポーツより。
■桐蔭学園高の田畑が新日石入社.
中学硬式野球団体の1つ「リトルシニア」は現在、静岡県内で16チームが活動し、神奈川県内外に毎年多くの高校球児を輩出している。そんな中で静岡裾野シニア出身で神奈川・桐蔭学園高の田畑秀也二塁手(3年)が新日本石油ENEOSに入社することが11/23までに分かった。俊足巧打の大型二塁手として、今秋のプロ野球ドラフト会議の“上位指名の隠し玉”として各球団がマークしていたが、さらなる実力アップを目指してプロ入りを見送り、社会人野球の名門を進路先に選んだ。
今夏の神奈川県大会は「田畑詣で」のスカウトであふれた。「野手の動きを見て転がすなんて、まるでイチローみたいだ」。準決勝で見せた一、二塁間へのセーフティーバントに、中日ドラゴンズの石井昭男スカウトがうなった。一塁到達タイムは本家イチロー級の3秒80。静岡裾野シニアの南政隆コーチが「小学生の時から抜群だった」という俊足は、プロが認めるまでになった。スピードに加え、2打席連続で横浜スタジアムの右翼席へアーチをかけた。石井スカウトは「うちは立浪が引退するしね」とミスター・ドラゴンズにその姿をだぶらせた。前列には巨人スカウトが5人。1人の高校生を一挙5人で視察するなど、通常はありえない。
決勝で敗れて甲子園は逃したが、7試合18安打で打率629、4本塁打。決勝でも4安打。相手の横浜隼人高・水谷哲也監督は「うちの今岡のシンカーは筒香でも打てなかった」と、横浜ベイスターズにドラフト1位指名された横浜高・筒香嘉智内野手と比較した。
巨人高橋由伸外野手らを育てた桐蔭学園高・土屋恵三郎監督は「ヨシノブの方がパワーと柔軟性は上。田畑はスイングで運ぶ」と、センスの高さを認めた。50M5秒8、ベース1周14秒14はプロでも上位の数字。上位指名の可能性の高かった逸材でも、田畑はプロ志望届を提出せず、新日本石油ENEOS入りを選んだ。
「アマチュアのトップでプロに入り、家族に恩返ししたい」との思いがある。NO・1主義は、教室一番乗りに燃えた小学校時代から一貫している。15歳で故郷を離れた理由も「桐蔭の練習設備が日本一だから」。社会人野球の名門を選んだのは、3年後のトップ入団を目指すからだ。
その実力はすでに地元を動かしている。今夏、故郷・伊豆市八幡(はつま)地区から約50人の大応援団が貸し切りバスで神奈川大会へ駆けつけた。「地元の応援にも必ず応えたいんです」。“伊豆っ子”田畑は、夢をかなえるべく走りを加速させる。
高校生は殆ど情報無いのでこの記事で実は彼を知ったんだけど、かなりの逸材のようですね。
でも、高校時代からプロ入りした方が確実にNPBでのレギュラーは見えていたように思えますが・・・・・。
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M日新聞より。
■全国高校ラグビー:4地区で決勝、全国51代表出そろう
第89回全国高校ラグビーフットボール大会は11/23、4地区で決勝があり、全国51代表がすべて決まった。組み合わせ抽選は12/5、大阪市の毎日新聞大阪本社オーバルホールで開かれる。
出場校中、最多出場は秋田工高(秋田)の62回。初出場は明和県央高(群馬)、静岡聖光学院高(静岡)、倉吉総合産高(鳥取)の3校。大会は12/27〜2010年1/7、東大阪市の近鉄花園ラグビー場で開催される。
≪第89回全国高校ラグビー大会出場校≫
北北海道:北見北斗高 3年連続37回目
南北海道:札幌山の手高 10年連続10回目
青森県 :青森北高 5年連続12回目
岩手県 :黒沢尻工高 16年ぶり24回目
宮城県 :仙台育英高 14年連続16回目
秋田県 :秋田工高 4年ぶり62回目
山形県 :山形中央高 12年連続18回目
福島県 :磐城高 10年ぶり15回目
茨城県 :茗溪学園高 6年連続17回目
栃木県 :國學院栃木高 10年連続15回目
群馬県 :明和県央高 初出場
埼玉県 :県立深谷高 2年連続3回目
千葉県 :流通経大附柏高 15年連続17回目▲
東京都1:國學院久我山高 19年連続35回目▲
東京都2:東京高 2年連続7回目
神奈川県:桐蔭学園高 5年連続9回目
山梨県 :日川高 4年連続39回目
長野県 :飯田高 2年連続6回目
新潟県 :新潟工高 6年連続34回目
富山県 :富山第一高 10年ぶり5回目
石川県 :日本航空石川高 5年連続5回目
福井県 :若狭東高 2年連続24回目
静岡県 :静岡聖光学院高 初出場
愛知県 :西陵高 4年連続38回目
岐阜県 :岐阜工高 4年ぶり16回目
三重県 :朝明高 4年ぶり2回目
滋賀県 :光泉高 2年連続2回目
京都府 :京都成章高 2年連続5回目△
大阪府1:常翔学園高 2年ぶり31回目
大阪府2:東海大仰星高 5年連続11回目
大阪府3:大阪朝鮮高 2年ぶり4回目
兵庫県 :報徳学園高 2年連続38回目
奈良県 :御所実高 2年連続5回目◎
和歌山県:和歌山工高 2年ぶり17回目
鳥取県 :倉吉総合産高 初出場
島根県 :石見智翠館高 19年連続19回目
岡山県 :津山工高 6年ぶり22回目
広島県 :尾道高 3年連続4回目
山口県 :萩商工高 8年連続16回目
香川県 :坂出工高 3年ぶり18回目
徳島県 :貞光工高 2年連続20回目
愛媛県 :三島高 3年ぶり2回目
高知県 :高知中央高 2年連続2回目
福岡県 :東福岡高 10年連続20回目△
佐賀県 :佐賀工高 28年連続38回目▲
長崎県 :長崎南山高 10年ぶり2回目
熊本県 :荒尾高 2年ぶり4回目
大分県 :大分舞鶴高 24年連続48回目▲
宮崎県 :高鍋高 2年ぶり18回目
鹿児島県:鹿児島実高 2年連続12回目
沖縄県 :名護高 10年連続13回目
※校名前の印は前回大会の成績(◎準優勝、△4強、▲8強)
またも福岡県の決勝「東福岡高17−12筑紫高」という厳しい試合となりました。
今年、東福岡高は日本の高校生相手に競り合いは殆ど無かったように思えますけど、国体2連覇も含め、日本で最も下部組織が充実している福岡県に増枠する事を考えてもらいたいですね。
全国的に東福岡高が一歩リードしていて、それを長崎南山高と常翔学園高が追う展開と思えますが、九州のシードは東福岡高[A]、長崎南山高[B]、大分舞鶴高[B]はほぼ確定、1つ枠が増えると佐賀工高[B]になるでしょう。
西陵高、深谷高辺りも今年はシードされるかもしれませんね。
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M日新聞より。
■社会人野球日本選手権大会:JR九州が初V 延長でホンダ降す
社会人野球の年間王座を決める第36回社会人野球日本選手権大会は11/22、京セラドーム大阪で決勝を行い、JR九州(九州・福岡)が延長十一回の末、今夏の都市対抗を制したホンダ(関東・埼玉)を3−2で降し、初優勝した。
○JR九州(九州・福岡)3−2ホンダ[Honda](関東・埼玉)●
JR九州が持ち前の粘りを発揮した。2−2の延長11回、中田のショートへの内野安打を足場に2死二塁とし、途中出場の田中允がセンター前に適時安打を放ち、勝ち越した。3、6回にホンダの先行を許したが、直後の4回に中野のセンターへの犠牲フライ、7回は只隈のライト前適時安打ですぐさま同点とし、接戦に持ち込んだ。
ホンダは打線がつながりを欠き、散発8安打。6回途中から登板のJR九州・浜野の内外角を丁寧に突く投球に攻撃の勢いをそがれた。
▽JR九州・吉田博之監督 大会を通じ投手が好投したが、中野のリードがあってからこそ。決勝はリードされても慌てず、粘りの野球ができた。
▽ホンダ・安藤強監督 いい試合と言われても、やはり勝たないと。2大大会制覇は意識しなかった。投手はよく投げたが、点を取った直後の失点が課題だ。
◇諏訪部貴大投手(ホンダ・21歳)=中越高出
◆決勝打浴びた「一球」悔やむ
JR九州の選手の優勝インタビューが響き渡るベンチ裏で、仁王立ちのまま耳を傾けていた。口にしたのはチームのスローガンである「一への執着」。「あの『一球』だけが甘く入った。悔いが残る」。決勝打を浴びた延長11回を繰り返し、思い返していた。
安藤監督からは「(今季)最後の試合だから頼むぞ」と送り出された。今大会は大事な初戦を任され、完封した準決勝を含め、計17イニングを無失点に抑える好投で期待に応えた。初戦の後、右手の指の違和感を訴えたエース筑川の穴を感じさせなかった。
この日も140km台の力のある直球と抜群の制球力で得点を許さない。10回を終えた時点で連続無失点回数は「20」に達した。「勝つための投球を心掛けていただけ」と語るが、それだけに「エースの役割を果たせなかった」と自分を責めた。
中日ドラゴンズからドラフト6位指名を受けた右腕。今後について「自分の中では決まっている」とだけ語った。プロに進むにせよ、残るにせよ、この「一球」は財産となるはずだ。
JR九州の左腕・米藤は「生まれて初めて大きな全国大会で優勝できた」と声を弾ませた。福岡・九州産高から福岡大をへて入社8年目。3連投となったが、速球に切れがあったため、変化球との緩急が有効で、六回途中まで2失点。「浜野につなごうと、最初から一生懸命飛ばした」。ホンダの重量打線を相手に打たせて取るピッチングに徹し、勝機につなげた。今大会は5試合中4試合で先発。「30歳だけれど、もっと成長したい」と、飛躍を誓った。
■社会人野球日本選手権:初VのJR九州、粘り強さを発揮
社会人野球の年間王座を決める第36回社会人野球日本選手権大会は11/22に決勝を行い、JR九州(九州・福岡)が延長の末、3−2でホンダ(関東・埼玉)を降して初優勝した。きん差の試合を勝ち上がってきたJR九州は、決勝でも粘り強さを発揮。2度先行されながらその都度追いつき、最後は下位打線で勝負を決めた。同一年の2大大会(都市対抗野球、日本選手権大会)連覇を目指したホンダは、自慢の打線がJR九州の継投に抑えられた。最高殊勲選手賞(MVP)にはJR九州の濱野雅慎投手、敢闘賞にはホンダの諏訪部貴大投手が選ばれた。
◇好勝負はJR九州に軍配…「粘り強く」
今大会の戦いぶりを象徴するような一打だった。延長11回、2死二塁。JR九州の新人・田中允信(たなかまさのぶ)=東亜大出=の打球は詰まっていた。だが、それが幸いし、前進した中堅手のグラブはわずかに届かず、二塁走者が決勝のホームを踏んだ。殊勲打の田中允は、満面の笑みで言った。「詰まっても(野手の)間に落ちればいいと思って振り抜いた。しぶとく、粘り強くがJRの野球ですから」
都市対抗野球の覇者・ホンダに一歩も引かなかった。3回に先制を許しても直後に追いつき、6回に勝ち越されても、また直後に追いついた。そして、6回途中から登板の濱野(国士舘大出)が流れを作った。準々決勝まではすべて1点差、準決勝もタイブレークを制し、決勝に駒を進めた。
接戦続きのチームをフル回転で支えてきた右腕は「疲れはあったが、終盤勝負がうちの展開ですから」と、4日連続の登板にもかかわらず、右横手からの140km前後の速球と、大きく滑るスライダーを低めに集めて連打を許さず、勝機を呼び込んだ。
チームは都市対抗野球出場を逃し、今年は失意の夏を送った。だが、その屈辱があったからこそ、終盤の強さが選手に芽生えた。1点勝ち越した11回、ホンダは2番からの好打順だったが、濱野は落ち着いた気持ちでマウンドにいたという。「1点やっても同点。同点なら打線がしぶとく勝ち越してくれる」
接戦を勝ち上がるごとに投手陣と打者陣の信頼関係も深まり、つかんだ初優勝だった。
★元気賞に大和高田クラブ 最も優れた応援団に贈られる「元気賞」に大和高田クラブ(奈良)が選ばれた。賞が新設された2007年以来、2回目の受賞。太鼓を使った独創的なリズムを刻む応援で、グラウンドと一体となって球場を盛り上げた。
出場32チームの初戦の応援を対象に、選考委員会(委員長=鍛治舎巧・大会委員長)が、スタンドの活気▽一体感▽マナー▽独創性−−などを総合的に審査。満場一致で決まった。
【メモ】JR九州 1918年創部。門司鉄道管理局として第2回大会(1975年)に初出場。第32回大会(2005年)で初めて8強に進んだ。都市対抗野球では第10回大会(1936年)で九州勢初の優勝を果たしている。所在地は北九州市。
■社会人野球日本選手権大会:JR九州、延長戦制して初Vを飾る
社会人野球の年間王座を決める第36回社会人野球日本選手権大会は11/22、京セラドーム大阪で決勝を行い、JR九州(九州・福岡)が延長11回、3−2でホンダ(関東・埼玉)を破って初優勝した。九州勢の優勝は2001年の三菱重工長崎(長崎)以来2度目。都市対抗野球覇者・ホンダは、1988年の東芝以来2チーム目となる同一年の2大大会制覇を目指したが、一歩及ばなかった。
閉会式ではJR九州の宇多村典明主将にダイヤモンド旗、ホンダの岡野勝俊主将に準優勝トロフィーが贈られた。大会委員長の鍛治舎巧・日本野球連盟近畿地区連盟会長は「見応えのある決勝だった。JR九州は最も粘り強く、心と技がつながる完成したチームだった」と称賛した。
■ひと:吉田博之さん 社会人野球で優勝のJR九州監督
自ら「雑草軍団」と呼ぶ。学生時代に注目された選手はいない分、猛練習を課して鍛えてきた。毎年3回行う合宿は、連日朝9時から夜10時まで練習漬け。これが選手の自信を支える。そんなチームだから、プレースタイルも「泥臭い野球」。決勝戦の延長11回、1死から中田一機選手がショートへの内野安打をもぎ取った一塁へのヘッドスライディングを「流れを呼び込んだ」と評価する。
「感謝の心を持て」と言い続けている。「この景気で野球をやれる喜び。さらに、選手の前に一社会人であれ」。自分たちで練習グラウンドの芝を敷いた。決勝の表彰式後、グラウンドに投げ込まれた紙テープも選手たちが片づけた。
門司鉄道管理局(現・JR九州)入社は1982年。戦前に都市対抗野球で優勝したこともある古豪だが、現役のころは弱かった。都市対抗野球への出場歴はなく、10年後に引退。2000年のシーズンからコーチとして復帰し、2003年に監督就任すると、チームを変ぼうさせた。その後は都市対抗に4回出場し、2005年には4強入り。社会人野球日本選手権大会は5回目の出場だ。
「野球は投手力」が持論。だから投手の育成に力を注ぎ、育て上げた4人のプロ野球選手は小松聖(こまつさとし)投手(オリックスバファローズ)らいずれも投手。今大会も投手力でしのいで勝ち進んだ。「試合に入ったら、選手に任せる」。だから、「優勝は選手たちの力。ありがとうと言いたい」。
【略歴】吉田博之(よしだひろゆき)。福岡県生まれ、九州工高−国士舘大卒。現役時代は内野手。趣味のゴルフは80を切る腕前。妻と2男。50歳。
米藤は3連投、濱野は4連投だから厳しいと思ってはいましたけど、そんな心配は必要ない両投手のピッチングでした。
特に濱野の投球は最後が最も良かったくらいでしたね・・・・・。
延長10回に3者連続三振、11回も長野久義、西郷泰之を打ち取ってのゲームセット見事でした。
ホンダ熊本との代表決定戦の投球が完璧だったのでそれほどではない投球とは思うけど、終盤は140km台も常時出ており申し分の無い投球でしたね。
今大会で濱野と幸松(九州三菱自動車)のレベルの高さは分かったので、あとは九州に足りないのは攻撃力強化で都市対抗野球も好成績を残して欲しいですね。
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M日新聞より。
■社会人野球日本選手権大会:JR九州が初の決勝へ 日産降して
第36回社会人野球日本選手権大会は11/21、京セラドーム大阪で準決勝2試合を行った。第2試合は、JR九州(九州・福岡)が、今大会を最後に休部する日産自動車(関東・神奈川)を延長13回の末、6−2で振り切り、初めて決勝に進出した。
○JR九州(九州・福岡) 6−2 日産自動車(関東・神奈川)●
JR九州が競り勝った。8回、1死一、三塁から併殺崩れの間に同点とすると、タイブレークの延長13回、田村のスクイズ、中野のセンター前適時安打などで4点を挙げた。日産自動車は再三得点圏に走者を進めたが、詰めを欠いた。
▽JR九州・吉田博之監督 (11回は)何としても先に点が欲しかったのでスクイズをした。1試合ごとに、しっかりした野球ができるようになっている。
▽日産自動車・久保恭久監督 いいゲームができた。ずっと野球をやりたいという気持ちが延長戦になったのかもしれない。休部が決まった中で、選手がスクラムを崩さず、戦い切ってくれた。
◇中野滋樹捕手=JR九州・29歳(東洋大出)
◆捕手と打撃で活躍
心から勝負を堪能した表情だった。「タイブレークって結構やばいですね。しかも先攻はきついですよ」
日本代表経験もあり、日産自動車に知己も多い。自らが所属したミキハウスも廃部となっており、相手の気持ちは痛いほど分かる。だが、「いい試合にしよう」と声を掛け合うと、勝負に徹した。
捕手としての凄みを見せたのは延長12回の守り。表の攻撃で味方は無得点。1点もやれぬ場面でリードがさえ渡った。
打席には小技のうまい四之宮。カウント2−2からの5球目。「勇気が要ったけど、打者が勝負したい場面だから」と、投手にボール球を要求した。ここで挑んできたスクイズをファウルにさせ、2死に。前の回、押し出しの四球を与えており、フルカウントにしたくない場面でありながら、強気に攻めた。
13回には2点適時安打を放った後、4点差とする本塁を踏むと、勝利を確信しガッツポーズした。その裏2死満塁、最後となる打者を迎えて投手にこうささやいた。「四球3つ出してもまだ勝てるから。ゆっくり攻めよう」
◇日産の秋葉、在籍5年間の日々去来…「感謝と誇り感じる」
延長11回からタイブレークに入り、3イニング目の1死満塁。全試合に登板してきた日産自動車の秋葉が、ついに力尽きた。13回、先頭にスクイズを決められた後、走者二、三塁から中野にふわりと甘く入った変化球をセンター前に運ばれ、さらに内野安打で計4失点。試合は決まった。
敗戦が決まった瞬間、国士舘大から入社して5年間の日々が、秋葉の胸に去来したという。「1日500球投げたこともあった」という厳しい練習を経て、創部50年のチームの最後のマウンドに立った。そのことに、「感謝と誇りを感じている」。声を絞り出すと、涙をこぼした。
優勝候補のトヨタ自動車、パナソニックを連破し、この日は延長13回にもつれ込む熱戦。2回戦では3回ともたなかった龍大出の新人右腕・古野も好投し、チームの持つ成長力を見せつけた。
「この1年で野球の素晴らしさを存分に表現してほしい」と話してきた久保監督も「あまりあるくらいやってくれた」と、都市対抗に続いて、4試合を戦った選手をねぎらう。
他社で野球を続ける秋葉は「日産の代表として、このユニホームを着たことを誇りにプレーし続けたい」。一方で、ここで現役を終え社業に就く選手も多い。その一人、主将の吉浦は「精いっぱいやれたから、今はすがすがしい。この経験を生かして、頑張っていきたい」。50年の歳月が培った日産野球は、休部の後もグラウンドの内外で息づいていく。
■社会人野球日本選手権大会:ありがとう日産…50年の歴史に幕
ありがとう−−。社会人野球日本選手権大会で11/21、今季限りで休部する日産自動車(神奈川)は延長13回まで粘った末にJR九州(福岡)に敗れ、事実上、最後の公式戦を終えた。選手たちがスタンドに一礼すると、紅白の紙テープが投げ込まれ、ファンや社員らは涙を浮かべ拍手。惜しまれながら、50年の歴史に幕を閉じた。
「フレー、フレー、日産」。静まり返った球場で声を響かせた仁田原竜也応援団長(24歳)は「(チームは)応援団とともにまた帰ってきます」と総立ちの観客にあいさつした。
「ここまで来たのを誇りに思う。硬式野球部は娯楽が少ない時代、社員を魅了し結束を固めた」。硬式野球部OB会長の坪井賢司さん(77歳)は神奈川県鎌倉市の自宅で振り返った。横浜・新子安のグラウンドが連合国軍総司令部(GHQ)から返還されたのを機に「社員の気持ちを盛り上げよう」と野球部設立が計画され、創部前年の1958年、坪井さんが学生らを集めた。1965年、都市対抗野球初出場を果たした。
「記憶に残る素晴らしい戦い。本当にありがとう」。21日の試合をテレビで観戦した社員(48歳)は選手と同じ職場になった2005年から試合などを約10万枚撮影。2008年9月に筋萎縮性側索硬化症と診断された後も見守ってきた。
伊藤祐樹内野手(37歳)の同僚たちは、休部決定後に更新が止まった野球部ホームページに代わり「勝手に応援するサイト」を制作。制作者の35歳女性は「サイトは最後まで楽しくプレーしてほしくて始めた。もう1試合見たかった」と目を赤くした。休部の危機を乗り越えた90年代後半、カルロス・ゴーン最高執行責任者(当時)に「都市対抗は日本企業の文化」と言わせた当時の監督、村上忠則さん(60歳)は「最後まで伝統の粘りを見せてくれた」とたたえた。
こうした思いに久保恭久監督(49歳)は「(ユニホームの)胸の青い鳥は(優勝旗の)ダイヤモンド旗に止まることはなかったが、見捨てなかった人にありがとうと言いたい」。
Sポニチより。
■名門力尽く…日産50年の歴史、ついに幕
さらば、日産野球――。スポニチ後援第36回社会人野球日本選手権大会第10日は11/21、京セラドームで準決勝2試合が行われた。今季限りで休部する日産自動車がタイブレークの延長13回に4点を勝ち越され、JR九州に2−6で敗れ、創部50年の伝統チームが最後の公式大会を終えた。
ベンチ裏の通路にナインのすすり泣きが響いた。都市対抗野球2度、社会人野球日本選手権大会1度の優勝を誇る名門が延長13回の末に散った。久保監督は「ここで50年の歴史に幕を下ろしたのかと思うと…。せめてあと1日、生き永らえたかった」と声を詰まらせた。試合は押し気味に進めていた。7回に船引の適時二塁打で1点を先制。1−1の8回は2死満塁と攻め、9、10回にも得点圏に走者を進めた。ただ、あと1本が出なかった。
最後の打者となり、選手生活を終える30歳の吉浦主将は「全員で力の限りを出し切った。精いっぱいやったので、すがすがしい気持ち」とナインの心中を代弁した。深々と頭を下げる選手たちに、スタンドからは紅白のテープが投げ入れられ、対戦相手のJR九州の応援席からも温かい拍手が惜しみなく送られた。野球部の安田部長は「最後の雄姿をみんなに見せられてよかった」と感慨深げに話した。試合後、チームのバスに乗り込む選手たちの胸には折り紙でできた“メダル”が輝いていた。34歳のベテラン、青柳の愛娘(6歳)が「メダルをあげたい」と選手全員の分をつくってきたものだった。妻(30歳)も「感動をくれた。ありがとうと言いたい」と選手たちをねぎらった。
横浜市の合宿所の応接室にはトロフィーや賞状が収まりきれないほど並んでいる。食堂には「存続」の奇跡を信じ、大会後の練習時間が書かれたホワイトボードもある。しかし、その合宿所も年内で取り壊される。
最後に久保監督は言った。「(チームのシンボルの)青い鳥は優勝旗に止まることはできなかった。でも、いろんな人に共感を覚えてもらえたんじゃないかと思う」。都市対抗で4強入りし、今大会も見事な執念を見せた。最後に激しく燃えたこの1年は、永遠に語り継がれる。
<メンバー約半数は移籍>部員26人のうち、約半数が他チームに移籍してプレーを続ける。エースの石田祐介投手は住友金属鹿島、ドラフト候補の熊代聖人内野手は王子製紙、ルーキーの古野正人投手は三菱重工神戸に進む。一方でチームを支えた小山豪内野手、吉浦貴志外野手ら、ベテラン勢は社業に専念する。
▼西武・野上 日産自動車野球部OBとして休部となってしまうことは残念ですが、伝統のある野球部でプレーできたことを誇りに思います。
▼広島・梵 寂しいです。一番最後まで勝ち進んでもらいたい、それだけを祈っていました。残念です。
▼広島・青木高 寂しい気持ちでいっぱいです。それぞれが、やってきたことを別の道で生かせればと思います。僕もそのつもり。また、皆の力で一つになれる日が来れば…。
ネタずれですいませんね・・・・。
タイブレークの戦い方は明らかに後攻の方が有利なので、先攻の側が頭使って2点以上奪わなければ勝てませんけど、この試合に関しては濱野雅慎投手と中野滋樹捕手のバッテリーがそんな不利を跳ね除けて日産に勝ちました。
九州地区二次予選から沖データコンピュータ教育学院の終盤に山田と與那嶺が投げた以外は米藤と濱野の2人だけでここまで勝ちあがっており、明日投げれば4連投になる決勝は他の投手出して一か八かの勝負かけるしかないんだけど、都市対抗野球九州地区二次予選も6試合全てこの2人だけで勝ち上がっていますので、また米藤だろうと思ったら米藤先発でした。
日産自動車ですが2チームとも休部ですけど、報道によれば両者の今後は対照的な処遇となりそうです。
本社チームは過半数が移籍or退社、日産自動車九州は移籍予定選手が増えたものの主力の多くは会社に残ってクラブチームへの転身になりそうな気配です。
日本選手権大会で日産自動車に勝ちましたが、実は都市対抗野球二次予選ではJR九州は第3代表決定戦で敗退しましたが、その前の敗者復活トーナメントで日産自動車九州に3−2で逆転勝ちしており、両チームの節目となる試合で負けた相手となったのは何かの縁でしょうかね??。
日産自動車は元々3つのチームが在りましたけど、ゴーンさんのリストラで日産車体京都が工場閉鎖になって野球部も解散となり、残った2チームは10年前後存続しましたが、この間に「今の運営だと景気悪化でいつかは行き詰るから経費削減で長く生き残る道の模索」して来なかったのかどうか分かりませんけど、景気悪化したらおしまいだとすれば結果的には努力不足と思われても仕方ないと思います。
本社チームは新聞記事では廃部なんてフライング記事もいくつかありましたが、今の時点では形式を変えて存続する予定は無いように思えます。
ただ、苅田町の日産自動車九州は選手が何人か移籍するようですが選手の多くは残るようだし敷地内にグランドも寮もあるので、三菱自動車水島に似た形式で存続するのではないかと思われます。
実際に新聞記事でも存続に向けた準備があるとあちこちに出ていますからね・・・・。
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M日新聞より。
■第36回社会人野球日本選手権大会:九州三菱自動車、サヨナラで8強
第36回社会人野球日本選手権大会第7日の11/18は2回戦3試合。第1試合は九州三菱自動車(九州・福岡)が1−0でサヨナラ勝ちし、4年ぶりにベスト8へ進出した。日立製作所(関東・茨城)の先発・比嘉は9回途中まで無安打に抑えたまま降板。継投した投手が安打を打たれ、惜敗した。
○九州三菱自動車(九州・福岡) 1−0 日立製作所(関東・茨城)●
九州三菱自動車が、1安打でサヨナラ勝ち。9回に3四死球を選び、中村が初安打となるライト前適時安打を放ち決着した。日立製作所は9回2死まで比嘉が無安打の好投。だが、再三の好機に走塁ミスなどで得点できなかった。
▽九州三菱自動車・波戸隆志監督 選手には、ノーヒットでも勝つ野球はある、と言っていた。良いピッチャーと対戦できて、選手も幸せだった。
▽日立製作所・鈴木信人監督 得点できなかったのはうちのミス。比嘉には申し訳ない。比嘉と同じく藤本も信頼しているので、(交代に)迷いはなかった。
◇初安打がなんとサヨナラ打…九州三菱自動車
初めての快音が勝利の訪れを告げた。三つの四死球で迎えた9回2死満塁。九州三菱自動車の4番・中村の打球が一、二塁間を抜けた。歓喜の輪の中心にはチーム唯一の安打を放った中村がいたが、誰もが勝利の立役者は投手陣だと分かっていた。「ノーヒットでも勝つつもりだった」。中村の言葉は打者のものではなかった。
先発は初戦で13奪三振のエース幸松(九州産大出)ではなく、下手投げの山口(九州東海大出)。2003年にチームを初出場に導いた元エースの人を食ったような投球は健在だった。最速120kmの直球と緩い変化球で打者を幻惑。序盤のピンチをしのいだことで「流れをつかんだ」。
5回途中からは満を持して幸松。試合の流れを冷静に読むエースは「1点取られたら完全試合をやられる」と覚悟していた。キレのある直球と得意のスライダーで封じ込めた。「山口さんの(緩い球の)おかげで結構、振り遅れていた」と語るが、打者との駆け引きは抜群だった。7回には左手を打球が直撃。投球フォームのバランスが崩れたが、曲がりが悪くなった変化球を見せ球にする機転をみせた。
静かに反撃を待つ幸松。チーム初出塁は7回2死、初安打は最後の瞬間だった。幸松は「努力が報われ、野手もほっとしたんじゃないですか」と気にするふうもなかった。新旧のエースが協力し合うことで完全試合も、無安打無得点も幻に終わらせた。
◇比嘉幹貴投手=日立製作所・27歳
◆9回2死から無安打で降板し暗転…「バテたから納得」
9回2死から相手の2番・小松にこの回二つ目の死球を与えた。安打を1本も許していない右腕の球は、疲れで明らかに抜けていた。一打が勝負を分ける正念場を後輩に託して降板。「バテたから交代は納得。ベスト4以上という目標達成の力になれず残念」。自身初の無安打無得点もあり得た快投からの暗転を素直に受け入れた。
伸びの良い直球に100kmを切るカーブなどを交え、相手のタイミングを外して内野ゴロの山を築いた。3回を終えて早くも無安打を意識したが、「記録のために投げるわけじゃない」と目の前の打者に集中した。7回2死から石井への四球で初めて走者を背負っても、「甘い球で長打を打たれるより、際どい球を選んだ結果」と冷静。打線の援護がないもどかしい展開のなかで辛抱し続けた。
沖縄・コザ高、国際武道大を経て入社5年目。10月のドラフトでオリックスバファローズに2位指名され、今大会が社会人最後の舞台だった。「皆の仲が良く、多くのことも学んだチームが好きだった。この5年の経験を生かしたい」。来年からは同じドームで、更なる快投を目指す。
■社会人野球日本選手権大会:9回2死からサヨナラ打 絶体絶命 不振の4番が底力 九州三菱・中村選手
京セラドーム大阪で開催中の第36回社会人野球日本選手権大会。4年ぶりに出場の九州三菱自動車(福岡市)は11/18、2回戦で日立製作所(関東・茨城)に1−0でサヨナラ勝ちし、ベスト8に進んだ。9回2死まで無安打無得点と完ぺきに抑えられた末の劇的な勝利。殊勲打は、ここまで不振にあえいだ4番・中村毅選手(25歳)のバットから放たれた。
「苦しかった」。試合後、中村選手はぽつりとこぼした。13日の日本生命戦は4打数無安打2三振。この日も7回まで3打数無安打。「長打を意識してしまっていた」。入社3年目で初の4番。全国大会の重圧がさらにスイングを鈍らせた。
四死球を選んで作った9回2死満塁の好機。中村選手は簡単に2球で追い込まれた。その時、三塁コーチスボックスの波戸隆志監督(35歳)は「バスター」の指示。中村選手は「あれで心が楽になった」。やや詰まった打球はライト前へ。監督は「魂を込めて気迫で出た安打」とたたえた。
負けられない理由があった。準々決勝で戦う都市対抗野球優勝チーム、ホンダ(関東・埼玉)の長野久義選手(25歳)。巨人にドラフト1位指名された大会注目のスラッガーとは中学時代、少年野球「筑紫野ドリームズ」(福岡県筑紫野市)で一緒だった。長野選手は5番サード。中村選手はエースで4番だった。全国大会を総ナメにした2人はそろって筑陽学園高に進学した。
大会前、大阪市内で再会した2人は対戦を誓い合ったという。舞台は整った。「あいつばかり目立たせるわけにいきませんから」。中村選手は目を光らせた。
ネタずれですいませんね・・・・。
この試合、どうしても取り上げたかったけど時間が無かったので今まで触れずに居ました。
比嘉がどんなに好投していても、山口が何とか無失点で抑えて幸松につないで、実力どおりの投球をすれば何とかなると思いながらiPhoneで結果を時々チェックしていました。
比嘉の出来が良かったようですが、最後の疲労は幸松の投球に打線が沈黙した分のスタミナ消耗もあるように思います。
1安打でも勝利は勝利ですし、この勝利は九州三菱自動車にとっても大きな1勝です。
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A日新聞より。
■立教大新監督に大塚氏
東京六大学野球の立教大硬式野球部は11/17、新監督として元東邦ガス硬式野球部監督の大塚淳人氏(49歳)の就任を内定した。今秋まで6年間指揮を執った坂口雅久氏(58歳)の後任で、正式発表は12月上旬の予定。大塚氏は立教大で1年秋から内野手のレギュラーとして活躍し、4年時は主将を務めた。東邦ガス監督として、2003年に同チームを61年ぶりの都市対抗野球出場に導いている。
Sポニチより。
■名門再建へ、立大新監督にOBの大塚淳人氏
東京六大学の立大野球部新監督にOBの大塚淳人氏(49歳)が内定した。11/17、東京都内で行われた野球部の臨時幹事会総会で後任監督に一本化された。12月上旬にも正式決定する。坂口雅久現監督(58歳)は退任予定。岐阜高で1978年センバツに出場した大塚氏は1979年に立教大入学。1年秋から二塁手で活躍し、4年時は主将を務めた。東邦ガスに入社して1995年に監督就任。10年間指揮を執り2003年は61年ぶり都市対抗出場へと導いた。立教大は1999年秋以降優勝から遠ざかり、ここ9季連続Bクラスに低迷中。名門再建へ、大塚氏の手腕に期待がかかる。
びっくりしました。
大塚さんは東邦ガスの社業に専念していたと思いますけど、立教大野球部の監督となれば東京方面に住むでしょうから退社するのかな?。
東邦ガス監督は長かったように思えますが、低迷期から都市対抗野球出場に導いた手腕を立教大でも見せてもらいたいですね。
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自分はカーペットがメインですね・・・・。
それだけで寒い時は、ファンヒーターをつけています。
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それだけで寒い時は、ファンヒーターをつけています。
こんにちは!トラックバックテーマ担当本田です。今日のテーマは「暖房器具は何を利用しますか?」です。すでに本田は、自宅・事務所とも、電気ストーブをつかわない日がなくなってきています。自宅では、それに加えホットカーペットが大活躍です。エアコンは、頭がぼーっとしてしまうのと、肌が乾燥するのでできるだけ...
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K同通信より。
■スザンヌさんの妹が車で人身事故 路線バスと衝突
11/20午前10:20頃、熊本県玉東町木葉の県道交差点で、タレントのスザンヌさんの妹、大学生・山本真央さん(20歳)=熊本市=の車が九州産交バス(熊本市)の路線バスと出合い頭に衝突した。バス乗客で62〜76歳の女性3人がけがをし、病院で治療を受けた。軽傷とみられる。乗客は3人だけで、山本さんとバス運転手にけがはなかった。
熊本県警玉名署によると、現場は信号機のない交差点。山本さんが一時停止を怠って進入したとみて、詳しく調べている。
山本さんは「マーガリン」の芸名で、熊本のテレビ番組や雑誌で活躍している。
一応、この記事を取り上げている日記を読んだけど熊本ローカルでマーガリンを見ている人の記事は見当たりませんでした。
TBSのニュースでは彼女の車も映っていましたけど、なかなか良い車に乗っているようですな・・・・。
彼女は熊本市に住んでいると思うし、大学も熊本学園大に通っているから、北部の田舎町の玉東町で何故運転していたのかな?。
交差点に信号は無いけど、周囲には建物は無いだけに見通しは良いので、わき見が考え事でもしていたんじゃないのかな?。
実はマーガリンが出ているテレビって見た事無いんですよ。
熊本ローカルの番組に時々出ているみたいだけど、そんなに露出は多くないですからね・・・・。
ただ、熊本はスザンヌを全面的に応援しているし、彼女はJR九州の熊本県PRのCMに出ているという事情が無ければ、こういう事故を全国放送で流すことも無かったと思います。
英太郎や黒木よしひろさんが交通事故を起こした方が熊本県民の関心度は高いように思えますけど、九州以外でこの2人の名前出しても誰も分かんないから記事にはなんないでしょうな。
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K同通信より。
■ゼンジー北京の元弟子を詐欺容疑で再逮捕
大阪府警捜査4課などは11/20、インターネット有料サイトの利用料名目で金をだまし取ったとして、詐欺容疑で、マジシャンのゼンジー北京さんの元弟子で、ゼンジー一億の芸名でタレント活動していた西山秀一容疑者(57歳)ら4人を再逮捕した。
捜査4課によると、西山容疑者は「分かりません。覚えていません」と容疑を否認、ほかの3人は容疑を認めている。
逮捕容疑は福岡市の女性(57歳)に「携帯電話を使ったサイトの利用料金が滞っている」と複数回にわたり電話し、女性に9/25と10/2の2回、金融機関の口座に振り込ませた計約71万5000円を詐取した疑い。
捜査4課は11/4、同じ女性から9月に約28万円だまし取ったとして、詐欺容疑で西山容疑者らを逮捕していた。
J事通信より。
■マジシャンら5人逮捕=架空請求詐欺で−大阪府警
アダルトサイトの料金名目で現金を詐取したとして、大阪府警捜査4課などは11/4、詐欺容疑で、マジシャンのゼンジー一億容疑者(57歳)=本名西山秀一、大阪市浪速区恵美須東=ら男5人を逮捕した。
ほかに逮捕されたのは、グループのリーダー格で、朝鮮籍の自称仲介業高致成容疑者(44歳)=大阪府寝屋川市池田本町=ら。同課によると、高容疑者は容疑を認めているが、西山容疑者は「全く身に覚えがない」と否認しているという。
5人の逮捕容疑は9月下旬ごろ、福岡市の女性(57歳)に2度にわたり電話をかけ、「有料サイトの料金が未払いになっています」などとうその請求をし、計27万8千円を振り込ませた疑い。西山容疑者は電話をかける役を務めていた。
西山容疑者がかつて所属していた芸能事務所によると、同容疑者はお笑い系マジシャンの元祖として知られるゼンジー北京さんの弟子だったが破門され、最近は個人で仕事を請け負っていたという。
ゼンジー北京さんも弟子の不祥事で自分の名前の方が前に出てしまうのは嫌でしょうな・・・・・。
しかし、手品で視界を誤魔化すのではなく、振り込め詐欺で誤魔化すのは芸人として終わっております。
ちょっと前まで普通にプロダクションに所属して芸能活動をしていたようですけど、表向きは今回の事件とは別のようですので、他にも何か問題起こしているかもしれません。
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